「余地・余白」について
鉢から露地に植え替えたシャクナゲ原種(ブレアビーorマロータム)
山にも、森にも、畑にも、庭にも、「貧富の差」は出るものですね。
何となく「貧乏臭い」のと、手入れが行き届き「整頓されていて綺麗」
になっているのとでは、見た目が違います。費用を掛けるのが良いと
言ってるのではありません。感覚とかセンスの話です。
特に身近な自宅の庭などは、毎日のように観てるのですから尚更です。
タネが飛んできたり、野鳥が運んだ植物は、増植して手が付けられなく
なってしまいます。それ相当に、できる範囲で綺麗にしたいものです。
改めて我が家の庭を見ると、何となく貧乏臭い感じがしました。
「費用を掛けた立派な庭にしろ!」と言うのではなく、キチンと整頓す
ればもう少し良くなりそうに思えたのです。
適当な空間を設けて、樹種をバランスよく配置すれば、それなりに良く
なる筈です。余地とか余白とかを考える必要がありそうです。
絵画・書道・建築・俳句、短歌・各種デザインなどは、この「余地余白」
が重要ですが、バランス、美的感覚を、いろいろな部分や場所にも適用
できるのではないかと考えます。
「余地余白」について、ネットで調べてみました。「多分そんな意味だ
ろうと予想していた」のですが、だいたい意味は合っていました。
※「余地」は、可能性や変化、あるいは物理的な空間の「余裕」を表し、
「余白」は、紙面やデザイン、あるいは精神的な「余裕」を表わす。※
この様に書いてありました。
「余地・余白」を庭に当てはめては如何でしょうか。
● 植物の種類(区分け)
● 植木の大きさ(高低差)
● 通路の確保(植物の整枝・剪定の為の最低限の空き地を含む。)
を検討する必要があると思います。
(ゴチャゴチャと汚ならしくならない様に。)
近くに持ち主不明の、山も、森も、畑も有りますが、きちんと整頓されてません。
整備する余裕が無いのでしょうか?(もしかすると、実情は貧しい!)
願わくば、 山、森、畑、にも「余地・余白」の概念を活用してもらいたいもの
だと深く感じました。(我が家の小庭とはスケールは違いますが。)
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